境界線が「引けなくても」良い

おはようございます♪
今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?
 
今日、皆さんと分かち合いたいな・・・
そんな話題は「境界線」
 
勉強で習った境界線、知識、情報としての境界線。
私も「その通り」と思う反面、
境界線の知識から「引くべき」になっている時に
苦しさがこれまた出てくるなぁと実感したことがありました。
 
=======
 
例えば・・・
大事なペットの死期が近くなっていたとしましょう・・・
頑張ってその子自身も治療に耐えたり
飼い主さん自身もできることはしているのですが
どうしても別れを予感してしまう・・・
 
「この子はうちに来たから自然な最期を迎えられず
こんな風に苦しんでいるんだ」
「病院に連れてくることがこの子にとって
多大なストレス・・・
私は正しいことをちゃんと出来ているのか・・」
「生き物は必ず死がくることは当たり前なのに
受け入れたくない」
「もっと生きて・・・は人間のエゴ?」
 
飼い主さんの1番の望みはとにかく「この子の幸せ」
ストレスなく一生を終えられて
楽しく過ごしてもらうこと・・
 
この子は私の犠牲者、被害者なんだ・・・
私はこの子を飼う資格がない人・・
 
そんな自分責めが大きすぎて
苦しみの渦の中の状態、ありますよね。
 
更に知識的に知っている「境界線が引けない」の苦しみで
もっとダメな私に拍車がかかり
この子へ申し訳なさや罪悪感で
身動きが取れない状況でした。
 
 
もちろん、この苦しさのメリットや意味は見えてきました。
少し感情との同化が外れてきましたが
「境界線をどうして私は引けないのか?」
 
 
ここ、本当に何度も自分の中を感じてもらうと・・・
知識や正しさは「引けないから苦しい」でしたが
 
本当の私の声は「引けないよ」「この子に引きたくない」
→血の通った人間でありたい、愛情深い私でいたい
 
自分の真の声をはっきり自分が知り
この子の自分への眼差しをよく感じてもらって
じっくりと体感してもらうと・・・
 
 
初めて「苦しみ」を違う角度で感じることもでき始めました。
 
大事な存在の死・・・
それは例え金魚でも、親でも、
大事な存在であればあるほど全部同じ。
 
「こんなペットごときで・・私はおかしいのかな?」
「これって依存?」
自分責めの声は容赦無く、いくらでも形を変え責めてきますが
本当の私の声はいつも真実を伝えてくれる。
 
「境界線をこの子には引けない」
 
「引けない自分はダメ」から客観視できるようになり
「自分への理解と許し」が出て
少しづつ変化していきました・・・
 
悲しんで良い、悲しみが消えなくてい・・・
自分を責める声もなくならなくて良い・・・
境界線が引けなくて良い・・・
 
当たり前です・・大事な存在の死は無理・・・
納得しなくて良いんです。
 
相変わらず悲しいけれど、
初めて自分の辛さを自分が許してあげたような
この子と私の繋がりのエネルギーを感じ
「今」を大切にしたいと思う気持ちになって来ました。
 
▼余談
私もペットの死は受け入れられないタイプ。
小学生の時に手乗りインコのピーちゃんが
死んでしまった時、ご飯が喉を通らなかった記憶が・・
死は辛い・・平気になれない・・・
『これはナチュラルな感情』
 
 
セッションではナチュラルな反応に
自分の解釈がさらに乗り、感情も加わり
よりリアルですが、苦しみへの理解を
「体感」とともに経験していただきます。
 
自分に優しい眼差しを向けられない時
真の声を拾えると良いですね・・・
 
いつも応援ありがとうございますm(_ _)m
励みになります♡
 

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