私がセラピストになったわけ①

こんにちは♪
healing space mamyの浦松ますみです。
はじめましての方も、良くご存知の方も・・・
今までHPの中でプロフィールなどに書いてあったので改めて
書くことがなかったのですが自分自身の振り返りも含めて
【私がセラピストになったわけ】を綴ってみたいと思います♪
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私は溝口あゆかさんのロンドンのカウンセリングコース
2011年に参加し、今はJMETのEFTトレーナー社団法人ハートレジリエンス
協会のメンバーとして東日本大震災のケアラーのケア、トラウマのケア
セラピーの普及の為にのべ500人以上の方々のサポートの
お手伝いをしてきたり・・・
年齢は50歳、24歳、21歳の女の子と男の子の母であり
結婚の経験があり・・・
 
とまぁ、こんなことはどちらでもいいことですが何故そもそも
セラピストになったかと言いますと・・・
 
上の娘が12歳の時に離婚を経験し、偶然?それとも必然なのか・・・
その時から初めて自分の子がいじめられるという経験をしました。
 
最初は『〇〇ちゃんがなんか仲間に入れてくれないの』『私の上履きがなくなっているの』
から始まり、なんだか娘の様子がどんどんおかしくなっていきました。
 
私も初めのころは『なにか、あなたが〇〇ちゃんの怒るようなことしたんじゃないの?』
『自分がどこかに置き忘れていない?』とか・・・
 
今考えるとその当時私には全く気が付かずに普通に使っていた言葉で、
大人の自分も誰かに仲間に入れられていない感じがする・・・とそのときは、まず最初に
『私が相手を怒らせる何かをしてしまったんだ』という思考が当たり前のように
沸いてきました。
 
⇒これも後になってセッションを受け、問いかけ、セラピーで見つかったものですが
『私は(存在するだけで)迷惑な重荷』『私はメリットのない役立たず』などの
セルフイメージ、ビリーフが出てきたのでした・・・
これじゃ~当然、何かあればまず最初にすることは自分を責める、自分が悪いといった
行動になりますよね~~
 
しかも、こういった自分が信じ込んでいるビリーフ(自分の中の絶対真実の思い)は
自分でまったく気が付いていないわけですから当然、ノーチェックです。
 
で、話は戻りますが娘がどんどん学校で居ずらくなり中学は別の学校に越境させて
新しい人間関係を構築させてあげようと思いました。
が、当然、上手く行かずに本格的に外出できない状態になっていきました。
人が怖くなっていったのです・・・
 
全てはここには書けませんが本当に地獄の日々が始まりました。
生きることが辛くなれば当然どうやったらラクになれるか・・・を
24時間考えるわが子の傍で、私はどうやったらこの子が学校に行けるのか、
どうやったら社会に溶け込めるのか、どうやったら・・・
 
方向がすべて子供が生きやすくなるのかに向いてしまい、自分が実はこの時に
沢山のトラウマを経験しているなんて全く気が付きませんでした。
常に子供の命を見張る生活の始まりとなったのです・・・
 
子供の命をずっと見張る緊張感は半端ありません・・・
 
②に続く・・・
 
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