お客様の声

子供がADHDと診断されてショックを受けています

【お客様の声:テーマ】

 

【年齢・職業】30代前半・会社員

 

二番目の子供のことなのですがずっと長男とは様子は違えども、私たち家族の中では「そんなものだ」「この子の特徴なんだ」と思ってきましたが、春からの小学校入学に向けて幼稚園の先生からも、地域の保健師さんからも「一度検査を受けてみたら」と言われて軽い気持ちで受けてみました。すると実際には注意欠陥多動性障害と診断書を書かれてしまいました。

その日を境に、目の前にいる我が子は全く同じはずですが私自身が世の中から切り離されたような、絶望感で力が出ない感覚です。よくある話だとか、夫は今は世間的にも理解があるし、治療もできる施設もあるから・・と言ってはくれるのですが、夫の楽天的な考えに怒りを感じたり、逆により孤独を感じ、一人でこれからどうするのだと頭がグルグルしています。

妊娠中のあれがダメだった?私の〜〜のせい?などもキリなく頭の声が流れて、母親としてしっかりできない自分にも焦りや情けなさを感じ、鬱っぽくなったら困るのでどうにかしたくセッションを決めました。

 

【セッションを終えて】

 

まず、初めて伺った時には「どうしたら良い?」の嵐の中でしたがそれも今では理解できるほど落ち着きを取り戻しています。私はあの頃は気づきませんでしたが、子供が将来絶対に生きていけない、苦労しかない人生を送ると「決めて」、その対処をどうしたら良いかでおかしくなっていました。目の前子供のありのままを見る事はできずに「かわいそうな子、将来酷い人生を送る子」としか捉えていませんでした。

今、まだ起きていない将来の不安という「怖さ」という感情はここまで私を巻き込んで樹海の中を彷徨わせていくのだと実感しています。

これが友達のお子さんとか、ニュースでみたケースであれば、もっと理性的な考えができるはずなのに、身近な人であればあるほど、大切な存在であればあるほど、簡単に巻き込まれてグルグルしていくのですね。

夫が楽天的なのが無性に腹が立ち、極端な思考しか出てこなくなっていた私は本気で離婚を考えたり、別居しかないとか、そこでまた一人でどうしたら子供を守れるかなど、使った方がいいエネルギーを全部妄想の不安に費やしていました。

ただ・・・ここまで極端に思考が走ったのには訳があり、小さい頃から「確実に」「ちゃんと」「正しく」「間違えないように」をいう刷り込みが大きく影響があったことが見えてきました。人生で今までは自分が頑張ればどうにか対処できてきた問題ばかりでしたが、今回の「自分がどんなに頑張っても対処できない問題」を突きつけられ、自分を見失っていました。

診断名を言い渡されたあのシーン・・・実は自分の妹が障害を持っていることへの様々な感情・・・お母さんのように一生苦労するんだという絶望は、そもそも「私の中にずっとあった未消化の感情」であり、それが今回のことですごい勢いで噴出してきたのだということが見えてきました。

最初は子供のために受けたセッションですが、今は「自分のために受けたい」に変わり、自分の本当の声に気付くたびにラクになっていくのが身体を通じて感じています。まだまだみていきたいところがあるので引き続きよろしくお願いいたします。