本当は出来るのに、表現できません

 

【お客様の声:テーマ】

【年齢:職業】20代後半:会社員

この会社に就職して数年経ちました。それなりに表面上は馴染んでいるように見えますが、上司などには気づかれています。私には積極性がないとか、本当は実力があるのに自分からどうしてそれを見せないのだと言われています。環境的には理解はあるのですが、自分でこの部分は変えようと思ってもどうしても変えられなくここまできています。

思えば学生時代から、小学校ぐらいから、私は自分から手をあげて発表したり自分の意見を言うことが苦手でした。気心しれた仲間などであれば言えるのですがどこかで自分の学歴や自分はバカだと感じています。世間的には上場企業でも採用されやすい大学を出ていますし、頭では「そんなことはない」と思い込もうとしていますが、どこかで自分が出来ていないし、置いていかれる感覚も持っています。

恋愛にも影響があるようで、彼に自分の良いところを褒められると冷めてしまいます。どうしたら良いでしょうか?

「セッションを終えて」

 

人に何か頼まれた時には実は具体的に意見が言えたり、自分から行動を広げたり、喜びもそこにはあって行動していたことに改めて気づきました。全てが「言えない」「出来ない」「消極的な」私ではなく、1から全て自分で説明したり、伝える時に「うわぁ〜」っと何も出来ない私、対応できない私と言うのがセッションの中で浮き彫りになってきました。

予想外のことや準備できていないことは「バカな私」「聞き入れてもらえない私」「否定される私」が強く発動して自信がなくなっていたのですね。人から求められること、頼まれることは「私を認めて頼りにしてくれている」という解釈が入るので、自分の力を自由に発揮できるとは驚きました。逆に言えば人からOK,認められたという状況以外は「頭の悪いバカな私」が刺激されて、みんながそう見ている気がしていたとは、潜在意識の仕組みは複雑ですね。

そして本当は出来るのに、逃げてしまう自分を心の底では無意識に自分が責めていて、もったいない人だと感じていました。残念な人とか、私が誰よりも自分をそう見ていたのですね。いくら上司や同僚が慰めてくれたとしても救われなかったのは理解できました。自分から見て力を発揮しているように見える人には嫉妬や、羨望、時々怒りもあったのはその仕組みが発動していたのですね。

両親の期待に、十分に応えていないと感じていた中学生のころからの私は、常に親から「呆れられてしまう」「見限られる」など不安と一緒で、家族からも、友達からも誰かと一緒にいたいのに置き去りになりそうな、繋がりのない感覚を今でもしっかりと握りしめていたのは、セラピーで初めて身体で感じることができました。

大人の今でも「両親に受け入れてもらいたい」と、傷ついている私がずっと訴えていたこと、悲しかったこと、そしてセラピーの中で両親に自分の本当の声を聞いてもらえたことで、初めて受け止めてもらえたような安堵感を感じました。ずっとあった悲しみが両親に対しての尊敬や愛情のエネルギーだったこと・・・初めて知りました。

今の自分が自信を持つことが、両親の愛を必要としない、愛情を手放すことと繋がっていたのは思いもよらなかったです。受け入れてもらえないままの私にはなりたくなかったのですね。自分が自分を理解していくことは、深いところで安堵できること。ここは絶対的な安心に繋がります。ありがとうございました。

 


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