「NO」と言えない私

 

【お客様の声:テーマ】

【年齢:職業】50代前半:会社役員

仕事の悩みはこれまでもずっと抱えているのですが、今回は私はどうも人からの頼まれごとに対して「NO」と言えないことが多いです。そして大抵はその私の優柔不断さに自分が苦しめられるわけです。先日はあまりにも身体も疲れていて運転中にパニック発作が起きてしまいました。端に車を止めながら、運転もできなくなったなんてとか、次の取材までに時間がないとか、せっかく受けた仕事なのに・・とか自分バッシングばかりです。

今回の仕事では特に顕著に「NO」と言わなかったことで自分に負担がきています。当然ですが部下や周り、そしてお客様に対しても「どうしてこんなことを平気で図々しく頼んでくるの?」と怒りでいっぱいで、自分を見失いそうです。優しい私でいたいのに、誰も私を理解してくれません。どうしたら良いでしょうか?経済的にもこの仕事を辞めたくないのです。

 

「セッションを終えて」

今回の仕事でのパニック発作でしたが、実は忘れていましたが何年か前にも同じことがありました。ここをよく探っていくと、私が精神的にも肉体的にも追い詰められて抱えきれなくなった時にこの状態になることが見えてきました。今回も仕事に着手した当初は「頑張ればこなせる量と責任」でしたので引き受けましたが、途中、相手がたの都合で取材、企画、集客・・・私が全部に関わるようになってしまいました。

いつもそうなんです。本当は「NO」と言いたいし、それは私の仕事じゃないと言いたいのに(境界線の話は頭では分かっているのですが)相手よりいつも私が下、相手が上と無意識で感じていて全部自分を捧げることで世の中をサバイバルしていることが見えてきました。

また、ますみさんの問いかけで最初は「NO」と言えない私は優しい私だから、この私のままでいたいと話していましたが、別の意味が隠されていて「YES/NO」をはっきり自分中心で言える人は身の保身を考えていてずるくて、汚い、やり手と解釈していたとは驚きました。もちろん、優しい私でいたいもあるのですが、こちらの方が私の行動を決めていましたね。

揉めたくないし、嫌われたくないし、だから私にとっての「NO」は顕在意識では自分を大事にして自己愛の高い人でそうなりたいと願っていても、実際には言えなかったわけです。

さらに自分の奥にあったものは幼少期、学校時代、社会人になってからも・・・そして結婚後もですが「相手の要望に応えていたら一人にならなくて済む」と言う「寂しさ」が大きな鍵を握っていましたね。まさか、このみぞおちにずっとあった「寂しさ」がこんな意味をもって私に訴えていたとは驚きました。

「ずっと寂しかった私」だからこう言った行動が人生の中で「必要だった」ことがセラピー通じて腑に落ちた時に、身体を通じて自分を丸ごと理解できた気がしました。いやいや・・本当に奥が深いです。このまま自分を見つめて理解する旅を今後もよろしくお願いいたします。

 


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