【バウンダリー(境界線)】の正しい使い方

 

みなさまこんにちは♩

心理カウンセラー・セラピストの浦松ますみです。今日はまた「バウンダリー(境界線)」について、皆様と一緒に考えていきたいと思います。実は、バウンダリー(境界線)は人間関係の悩みを作っている(支えている)大きなものです。ほぼ、関わっている・・と言っていいでしょう。

そして、難しいのは関係が薄くて、歴史も浅い関係では、バウンダリーへの理解や対処がスムースですが「濃くて・歴史が長い・繰り返している関係=家族・大切だと感じている存在」に対しては無意識に、簡単に超えたり、超えられたりします。

具体例を沢山用いながら説明していきますね。

 

バウンダリー(境界線)は線を引く行為ではない

このケースを一緒に見ていきましょう。

A子さん:40代後半:会社員

A子さんはお母さんからアメリカのサイトで日本では入手不可能な高価なベッドカバーを頼まれました。お母さんは英語ができなくて、困っていました。A子さんは何とか注文することができる程度。でも自分でも何度も海外サイトから買い物をしていたので「いいよ」と引き受けました。

すぐに注文し、お母さんにその旨伝えると大層喜び、「悪かったわね・・・忙しいのに」とすぐにお礼と言って高価なチョコレートの詰め合わせをデパートから送ってくれました。ベットカバーの値段は30000円。今の時点では彼女のクレジットカード決済で、到着してからお母さんに請求予定でした。

お互いに色々な品物を折を見て送り合う間柄。母の日、誕生日など、それはコミニュケーションでもありました。ところが、注文しても1ヶ月たっても全く届きません。ちょうどクリスマスシーズンと重なったため様子を見ていましたが、2月になっても届かないのです。事あるごとにA子さんは母親に海外の郵便事情を説明しながら「ごめんね」と謝りつつ、自分なりにも仕事の最中に、コンタクトをサイトととっていましたが、なしのつぶて。

もう、これは紛失したパターン、戻ってこないパターンと思い、お母さんに「今回、支払いは私がしたけれど、チョコレートをもらっているから、相殺でいいよ」と言ったところ、お母さんは「ありがとうね。悪いわね。でも届いてないし・・・ね?」そんな感じで終わりました。A子さんは何かモヤモヤした感じがありました。

 

どこが境界線超えか?

文字面だけ追ってみると、クレジットカードの支払いはA子さん。本来はお母さんの買い物。お母さんが支払うお金です。でも便宜上A子さんが立て替えた。さて、どこを見つめて行ったら良いでしょう・・・

●A子さんは「チョコレート」をもらった事で、今回の頼まれ物は最後まで私が責任を負わなきゃと解釈、意味づけしました。(A子さんの投影)

●誰の買い物?チョコレートを送ったのは誰の気持ち?→お母さんの買い物で、お母さんの「感謝」の気持ち、感情。

●お母さんの「感謝の気持ち」に私は応えるべき。責任を取るべき(チョコレートを貰っちゃったから)→(A子さんの投影+境界線超え)

注)投影=解釈=意味づけ(投影が悪いのではない)

 

これはあくまでも「文字面」だけを追っての解説ですが、もし、ここで全くA子さんが「自分のカードで支払ったこと」に対して「私が払う事で全くOK」でしたら境界線超えとしてワークしなくてOKです。→支払う責任は私が納得して、私が背負っている状態。我慢がない感じ。

自分の投影(解釈)に我慢がないかをチェック。

見つめていきたいのは、お母さんになんか「ありがとね〜、でも、私受け取ってないから」と言われた事でイライラしたり、納得感がないときに見ていきたい感じです。「何で私が支払いするのかな・・チョコレート、欲しくなかったし、勝手に送ってきたからこうなってしまった」「言い出しにくいだけで、本当はベッドカバーの買い物自体、頼まれたくなかった」など、自分が被害者気分になっている時には「境界線を超えられている私」です。

バウンダリーは行動そのものではなく自分がどんな立ち位置にいるかで決まります。自分が被害者側になっていないかを1番にチェックしましょう

 

バウンダリーは自分の「心の立ち位置=状態」がポイント

自分が超えられている場合

上記のように、「被害者側」になっているかどうかをチェックしましょう。「言いたくても言えない」「自分が悪いと思われたくない」「良い人でいなければ」など理由はどうであれ、行動がどうであれ「されてしまった被害者の私」かどうかを振り返って見ましょう。相手の感情の責任を負わなくては・・という気分になっていないでしょうか?

自分が超えている側の場合

もし、お母さん側に自分がなっているとして、子供が一生懸命に自分のために注文だけでなく、紛失した荷物の追跡など、時間と労力をかけてしてくれていることに対して「当たり前だ」「私は実際に受け取っていない」「今回の注文に関しての手数料としてはチョコレートで相殺だ」「むしろ、私、損したぐらいだわ」と思っていたら、A子さんは全く選択に自由がない状態です。(責任はあなたが取るべき)

選択権の自由を相手に与えているか、その選んだことに対して自分はOKかどうかを振り返ってみましょう。「A子はこうするべき・それが当たり前」があるかを振り返ってみます→これが悪いという意味ではなく、自分が「どう在るのか」を見つけるだけです。

基本、私たちは超える側、超えられる側をどちらも経験しています。(多いパターンはもちろんあります)

 

健全なバウンダリー(境界線)とは?

「自分と相手、お互いが尊重し合い、精神的にどちらが上でも下でもなく、自分が決めている感覚があるかどうか」

行動はA子さんが支払っていても、お母さんがチョコレートを送っていてもそれぞれの心の状態が「どうか」で決まります。お互いの心の中が平和で、納得感があれば、行動がどうであれOKです。

 

気をつけていきたいポイント

私たちは特に「超えられている」時に、無意識ですが「相手を上」に見ています。相手が決定権があり、力があり、大きな存在です。言い換えると自分は決定権を受け渡し、心の中では抵抗し、嫌だと思っていても「従っている」状態で、無力感や小さな自分になっています。こうなるとほぼ「犠牲者意識」「被害者意識」がもれなくついています。

犠牲者・被害者は基本的に依存状態

ある意味当たり前ですが、力のない私なので当然力のある方に依存している状態です。無意識ですがこの上下関係の構造は「依存する」「依存される」関係とも言えます。

小さな無力な私は一体どんなセルフイメージを持つでしょうか?深いレベルでですが(顕在意識上ではなく、潜在意識レベルで自分が自分をOKすることは難しいですし、自分を否定しています。

力のない感じ=何か足りない、欠如感と自己否定は自我の基本的な性質でもあります

昔から人類の歴史とも言えますが、ごく少数の支配層に、多くの人々が従い、搾取されてきた歴史がDNAに刻まれているとも言えるでしょう。これ自体を悪い、ダメという視点ではなく、そもそも基本的に私たちが持っている、持ちやすいということに付箋をつけておきましょう。

人間関係にストレスや怒りがあるかどうかは目安になります。

 

バウンダリーはお互いが精神的に自立していないと難しい

これも当たり前ですが、どちらかが健全なバウンダリーを引いているつもりでも、「依存している」「依存されている」状態では成立しないのですが、成立させることが大事なのではなく、「自分が今、どうなのか」を一番に振り返ります。

自分の心の中が平和であれば、ストレスや怒りがなければ、全くOKです。人間関係の中で「相手の感情」はどうであれ、基本的には相手の責任です。自分の感情の責任はもちろん自分しか取れません。

 

まとめ

力のない私、被害者の私が私の中にいたら、この子のケアをしてあげましょう。

どうしてあの時、「yes」と言ってしまったの?本当はどうしたかったの?それをしたらどうなると思ったの?などなど・・・自分の潜在意識にある様々な思い・感情・セルフイメージなどと対話していく時に、セラピーは非常に有効です。色々なセラピーがあるのでご自身にマッチしたものも、見つかると良いですね。

自分で自分を場所や、道具なしに指2本で使えるEFTもおすすめです。

心のことに興味がある方との繋がりは、私にとっての喜びでもありますし、ありがたいことです。励みになりますm(_ _)m

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