【不安・恐れと向き合う】これからの時代の「私の在り方」とは?

 

みなさまこんにちは♩

心理カウンセラー・セラピストの浦松ますみです。今日はふとある方の記事を読み、また色々な形でのシェアでYouTubeなども見ながら感じたことで、「これからの時代」「不安・恐れに巻き込まれている時代」をどう生き抜くか、どう自分が在りたいのかを一緒に考えていくことをシェアできたらと思います。

 

不安・恐れは人類共通のデフォルトにあるもの

新型ウイルスにより世界的にパンデミックな状況となり、身体的な不安や恐れ、経済的な不安や恐れがTV、SNS・・・目に入るもの全てから毎日刺激されていることでしょう。そして、全てに何かしらの反応が出て、その反応に相応しい行動をとっているのが日常の私たち。

「◯◯が不足する」「△△に今後こんな動きになる」と言ったニュースが入るたびに、不安や恐怖に煽られ、それがベースで自分が動いている場合、もう「本来どんな風に本当はしたいのか」ではなく「不安・恐れ」がベースになっていませんか?当たり前ですが、自分のベースが「今、何か?」を知っておくことは大切です。

不安 恐れ

そして不安・恐れは悪いものではなく、自分の中で理由があり自然に湧き上がるものです。全く怖くないときに「恐れる」ことはできませんし、一生懸命不安を作り出そうと思っても、「不安」がなけれは、やはり「不安を持ち続けること」もできません。

不安・恐れをちゃんと持つことにより、危険を回避したり、余計なダメージを自分に与えなくて済んだり、心の傷をより深めることからケアできたり、これはメリットもちゃんとあります。

恐れるなら「正しく恐れる」「必要な恐れを必要な分、キャッチする」能力は、むしろ必要なことだと思います。

 

どんな時に「怖い?不安?」

 

不安 恐怖

ナチュラルに、冷静に自分を観察すると、どんな時に怖さや不安に飲み込まれやすくなっていますか?例えば、本当に「怖い風景」を目の前で見たり、誰かから噂を聞いたり、ネットなどから得たりしたらもちろん「怖い・不安」が出るのは正常な反応です。

もちろん、この感情の大きさは個人差があり、この個人差を生み出しているのは「その人それぞれの解釈」によります。投影とも呼びますが、心の仕組みにより、全員が違います。

そして対象によってはAさんは怖さ100%、Bさんは怖さ60%のものが、別の対象になるとAさんが50%、Bさんは130%となったり、私たちはそもそもが均一なロボットではなく、反応ポイントも凸凹しているものです。これは平気、これに弱い・・そんなイメージです。恋愛関係に目っぽう弱いけれど、会社での競争には目っぽう強いなど、人それぞれです。

 

もし、不安・怖い時に一人ぼっちだったら?

 

不安 恐れ

人生の中で不安や恐れの波に飲み込まれているとしたら、その時絶対繋がれる誰かがいる、安心や安全を与えてくれる信頼関係がある人とつながっていた場合と、孤独感、ひとりぼっち感、誰も分かってくれない感覚、どうせ言って無駄だ・・などの諦めがある場合を比べてみると、どうでしょうか?

今から、大変なことが起きる・・としても、お隣に住んでいる人、近所、地域、または家族、友人・・・誰でもいいですが「繋がれている」人がいる場合と、全くいなくて「全部一人でどうにかしなきゃ」と感じて、しかもそれが「どうすることも出来ない場合」だったら、身体で感じる感覚はどうでしょうか?

 

私たちは「一人でどうにもならない時」が一番怖い

 

不安 恐れ

例えば、何か感じたくない出来事があったとします。大切な誰かとどうしても別れなければいけないとしましょう。それが「死別」だったり何か理由があって生きている限り会えない状況もあったとします。でも、その時にその痛みを分かち合える人がいたらどうでしょうか?

絶対に、誰がそばにいてくれても「痛み」は痛みです。全然、痛くない、痛くならないのではないです。痛みを痛いと感じることは、むしろナチュラルなことです。怖いし、不安はありますが、全く繋がりが遮断されたケースと、痛みを誰かと分かち合ったり、理解されている中で回復していくのとではどうでしょうか?

人間は「分離」を感じているときは最もダメージを受けやすいでしょう。逆に何かしらの「繋がり・信頼」があればそこに安全を見出せるでしょう

 

感情がアップアップの時には、その反応は「出ていい」

 

恐れ 不安

少し、話がずれるかもしれませんが、今回この記事を読んで「反応」は出るのが当たり前だよね・・の観点をシェアしたいと思います。途中、コマーシャルが多く、読みづらいのですが、私がお伝えしたいのは「耳の聞こえない母に対する嫌悪が生まれた日」と「手話を使って話してくれてありがとう」と言われた・・・この部分です。

「耳の聞こえない母に対する嫌悪が生まれた日」の部分

ぼくはそれが恥ずかしかった。その感情はやがて怒りや嫌悪となって、胸の内を暴れまわった。

どうして、ぼくの両親は“ふつう”じゃないんだろう。どうして、母は“ふつう”に喋れないんだろう。どうして、ぼくは“ふつう”じゃない家に生まれてしまったのだろう。

もう二度と、友人の前で喋らないで。授業参観にも運動会にも来ないで。ぼくと一緒に外を歩かないで。

このまま、どこかにいなくなって。

ぼくは母にやり場のない想いをぶつけた。そのたびに母は、弱々しく微笑み、「わかった」と頷いた。それが彼女をどんなに傷つけていたのか、そのときは1ミリも理解できていなかった

 

耳が生まれつき聞こえない母親にとって「声」「音」「発音」が全く普通と違うことで、友達に馬鹿にされたことで、、今まで感じたことのなかった感情が自分の中を暴れ回り、母親に「どこかに消えて欲しい」とまで感じるこの心の心象風景・・

これがどんな不安や恐れだったとしても、感情はなんでもいいのです。こうして心象風景に暴れて出現することは当たり前です。理由がちゃんとあるからです。それを「抑える」「常識で、正しさで押し込める」ことはむしろ自分を苦しめることになっています。

 

自分がなぜ、こんな風になるのかをきちんと自分が知ることは、苦しみからの脱却では必要不可欠です。(ここを飛ばして、思考で静かにさせることを抑圧と言います)

*思考とは誰かの意見、アドバイス、常識、正しさ・・・色々な形があります。

「手話を使って話してくれてありがとう」と言われたの部分

その間、ぼくは手話を使い、母と他愛のない会話をしていた。

スーツに身を包むことの気恥ずかしさ、バイト先で出会った面白いお客さんのこと、最近ハマっているドラマの展開について。どれもこれもくだらない内容だったけれど、母は楽しそうに頷いていた。

それは、最寄り駅に到着し、電車を降りた瞬間のことだった。母が立ち止まり、「ありがとうね」と手を動かした。ぼくは意味がわからず、「なにが?」と訊き返した。

「電車のなかで、大勢の人たちが見ている前で、手話を使って話してくれて、本当にうれしかった」

母は、そのようなことを手話で表現し、さっさと歩きだしていった。

 

ライターの方自身も書いてあったように、子どもが親と会話をするなんて、当たり前のことなのでしょうが、そんな些細なことに喜びを感じるくらい、ぼくは母を追い詰めていたということ・・・。「ありがとうね」の裏に隠されている「寂しかった」という感情に初めて気づいたこと・・・。

この日、ぼくは過去の自分がしてきたことを恥じた。いくら謝ったとしても足りない。「お母さん、ごめん。いままで傷つけてしまって、それに気が付かずにいて、ごめんなさい。本当は、誰よりもお母さんのことが好きだったのに」・・・涙が止まらないほどの気づきが一気に起こった様子が伺えます。

 

気づきが全てを包んでくれている

不安 恐れ

癒しってなんだろう・・・愛ってなんだろう・・よく日々、自問自答しているのですが、本当に自分が全く気づかなかったが故に「自動反応」して感情に巻き込まれていた状態から、「何がそこに起こっていたか」を自分が知ることだと感じています。

 

自動反応の感情の渦に巻き込まれている時には「不安・恐れ」ベース。気づいた後で自分の心の中に起こる自動反応は「愛」がベースな気がします。

 

本当は一度も「愛」から離れたことはない

気づき 

最初に母親に対して、彼が「消えてくれ」と願うほどに嫌いになった時にも、母親は子供に対して一度も愛情を消したことはありませんし、お母さんが「ありがとうね」と言った時も、ずっと母の愛はそこにありました。

自分がそれに気づいたか、気づいていないかだけで、最初から全ては愛情の中で起こっていただけ。癒しも同じで、気づいていなかった事に気づく事で、自分への理解や愛情を深め、他者にもより愛を広げることができるのかなと感じます。

分離感・切り離されている感覚は不安や恐れをもっと大きくしますし、自分の中の心象風景はもっと加速して、いくらでも深くて大きな恐怖を生み出すでしょう。ここに戻ることは非」常に大切です。

 

まとめ

 

不安 恐れ

不安や恐れはいくら出てきてもいいので、何がそれを生み出しているかをまずは「気づくこと」からスタートしましょう。そして飲み込まれている最中はここが難しいことも知っておいてあげましょう。溺れている人が自分で自分を救うことが困難なのと同じです。溺れているなと感じたら、まずは誰でもいいので「助け」を求められる人を作っておくこともお勧めします。

「助けて」が言えない人、「信頼」が結びにくい人はどうして自分にはそれが「ない」のかを探すワークがお勧めです。

  • 人を信頼したらどうなりそう?
  • 助けてと言ったら相手からどう思われそう?

ここあたりを丁寧に探ってあげて、ここにある「感情」を上手に拾いつつ、セラピーはお勧めです。よく紹介しているEFTなどもお勧めです。一人で道具も必要なく、どこでも指2本でできる、紛争地などのトラウマケアにも力を発揮します。トラウマだけではなく、日常の些細な出来事も、歯磨き、手洗いと同じぐらいに家族に一人、使える人がいると便利ですよね。

 

心のことに興味がある方との繋がりは何よりの嬉しさです。いつもありがとうございます♡

 

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