なかなかラクにならないメカニズム

【なかなかラクにならないメカニズム95】私ばっかり・・になっていませんか?

皆さまこんにちは♩

人間関係、家族との関係で生きることが辛く、依存症・過食嘔吐・パニック障害などのドン底6年間から抜け出て、長年の職業も変わり、年間1000名の方のお悩みを聞く側に自然に変化した心理セラピストの浦松ますみです。

今日は疲れている時・・余裕がなくてイライラしている時に、心の中に「私ばっかり」という声がある・・と気付いた時の対処法、自分への寄り添い方の視点で書いていきますね。

馴染み深い、経験もきっとあるであろう「私ばっかり」「まただ・・やっぱりね」の構造と、その時の自分の状態を一緒に見ていきましょう♩

相当頑張りすぎた、疲労度ピークの状態

最初は自分から「私、できる範囲でやるね」「手伝わせて」と始めたことが、いつの間にか周りの人々や、ケアする相手(助けてあげている相手など)が当たり前になり、自分自身にも、そちらを優先し、したいことを後回しにして数ヶ月・・人によっては数年もあるかもしれません・・・

こういったスタート時は相手を助けたいし、手伝ってあげたい「私」が申し出ていますし、むしろ、そこに自己肯定感や、役立っている感覚や、喜ばれている光景に、自分も満たされていた部分があるでしょう・・

みんなが喜ぶ姿が自分の嬉しさになっていたと思います。

ところが、それが自分も相手も習慣化して「当たり前」になり、そしてそれができない時に自分自身も「今日できなかった、ごめんね」周りも「今日してもらえなかった、残念」が増えていくと

どこかでお互いが「不満」「イライラ」「相手が嫌い」などの感情が出てくることもあるでしょう。

その時に「あ・・これ、自分ができる範囲を超えてしていたからだ」「相手からしてもらうのが当たり前の習慣になって感謝を忘れていた」など

お互いが気づければ、それはそれで持続可能な関係は十分可能だと思います。

 

ところが、お互いがそこに気付かず無理をして続けていればケアする側は「私ばっかり」助けてもらう側は「今日は不機嫌そうにやっていた」→「助けてくれていることがやる事として認知がシフトしてしまっている感じ」

こういったことは日常、大小様々な形で経験しているのではないでしょうか?

例えば、子供のクラブ活動の送迎を何気ないスタートで始めたら、もう「送迎係」に認知されていて、できないときはみんなが「困る」雰囲気を出している・・などなど・・

ガソリン代をシェアしていても、そこではなく「時間」「都合」など、全部が送迎に使えない時もありますよね。

その時の私は精神的にも身体的にも「送迎そのもの」に疲れていませんか?そこに嬉しさや楽しさ、喜びはあるでしょうか?

自分が感じていることをスルーしない

無理してこれはしないで

まず、いきなり「断る」「出来ない」と行動しては、自分も相手も気まずくなりますし、せっかくの最初の「私がしたい」と感じた思いが大切にされなくなります→ここがポイント

行動で「辞めればいい」とか「嫌だ」と言えればいいのではなく

最初に充分に時間や眼差しをかけてあげたいのは「そこにどんな想いや感情を抱えた私がいるか」ここをしっかり受け止めます。

感じたらダメ、思ったらダメ・・という感情や思考などありませんし、ここをスルーして耳を傾けないことから我慢が増え、自分の許容範囲を超え・・「私ばっかり」という形がずっしりとパワーを持って自分を支配していきます・・

「私ばっかり」は自分をハッピーにしないばかりではなく、相手を嫌いになってしまい、自分が被害者意識に飲まれ、本当はそこにある感謝や繋がりを見えなくしてしまいます。

私ばっかり=助けての声

「私ばっかり」と思ってはいけないのでは全くなく、この声が聞こえてきたらスルーせずに立ち止まり、自分チェックしてあげる大切なサインです。

言い換えれば、「助けてほしいの」という声でもあります。

私の役割になっていませんか?

私たちは色々な場面で自分の役割、自分がすることでその場にいる事ができる・・とか、ここにいて良いんだと思えるとか・・

長男として、長女として、子供として、親として・・男として、女として、夫として、妻として・・などなど

また、先生として、年長者として、リーダーとして、若者としてなど無数の役割を持って生きていますが、この役割自体に不満や苦しみの原因があることも・・

役割の無意識の影響力

役割なんだ・・と思うと「私がなんとかしなければ」「私がしっかりしなければ」「私が我慢して・・」など頑張ってしまいます。

頑張りは勿論、良きことでもあるし、自分の力が感じられたり、自分の能力の伸び代を支えてくれたり・・自信を持つきっかけにもなりますが、同時に我慢=抑圧を増やすことにも表裏一体。

一番大事にしたいところ

そこに嬉しさや優しさ、愛があるか

役割感、義務感で動いている時にはその役割自体を「自分のものだ」という意識から「誰かにやって欲しいな」にシフトすると随分ラクです。

やって欲しい・・・ということに抵抗や苦手意識がある場合、ここを良く見ていってあげる必要があります。

得意だったら、そもそもこんなに一人で抱えて苦しくなったり、被害者意識に陥ることは少ないですから・・

怒りや攻撃から自由になる

なぜ私ばっかり・・という状態になっている時には、助けてくれない周りや、助けが必要になっている当事者に対して怒りを持ったり、憎しみさえ感じたり・・

この状態では「助けて」「代わって」は難しいですよね。

そしてこの状態ではどうしても「攻撃」系のエネルギーで苦しさのあまり相手を責めがち。ここになる前に、またはなっていたとしたら「こんなに許容範囲超えて頑張りすぎていた自分」に気付いてあげて

「私が今こんな状態なのだ」ということを周りに共有してみましょう。

どうしたらいい?を周りと一緒に考えたり、自分の状態を率直に伝える事ができ始めると、煮詰まった状態に風が吹き始めます。

ここからは「一人で孤独に頑張る私」から「みんなに助けて貰えて、どうにか道が見えてくる私」になるでしょう♩

 

※心理学、非二元、セラピーなどは全て「溝口あゆかさん」から学んでいます。

あゆかさんとのつながりは2006年ごろからで、講座、ロンドンコース、勉強会、非二元のお話会など、参加回数、アシスタント回数は一番多い方に入ると思います。

提唱されている「インテグレイテッド心理学」は提供の全てのベースになっています(非二元(悟り)と自我の仕組みがベース)

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