なかなかラクにならないメカニズム

【なかなかラクにならないメカニズム62】過去に起きた事は「修復」が可能

皆さまこんにちは♩

人間関係、家族との関係で生きることが辛く、依存症・過食嘔吐・パニック障害など地獄のようなドン底6年間から抜け出て、職業も変わり、年間1000名の方のお悩みを聞く側に自然に変化した心理セラピストの浦松ますみです。

今日は「過去に起きたどんな悲惨な出来事、許せないし一生忘れられない事」があったとしても、また誰かの加害者になっている自分が「罪悪感を持ち続け、それはどうにも変えられない」と感じていることは

実は何年経っていても、何十年経っていてもいつでも修復が可能で、相手が既に他界してこの世に居なくても癒しが出来ることをお伝えします。

自分が誰かにしてしまった出来事があっても、そのまま「諦めるしかない」「変わらないから忘れたい」「距離を取るしかない」など思っている出来事はあるでしょうか?

それはどんな出来事だったの?

自分が「された側(被害者)」でも「してしまった側(加害者)」でも実はアプローチ的には最終的には同じところが源ですが、途中のプロセスは違ってきます。

例を出して説明していきますね。

例1)された側のケース(被害者側の視点)

自分が全く悪いと思えない出来事を「お前のせいだ」「あなたがグズだから」「近所の◯◯ちゃんはとっくに出来ているのに」「お前は馬鹿だから」「〜〜値が低い」など、自分より大きな存在の親、幼稚園や学校の先生、お医者さんから言われたら・・・また言っているのを影から聞いてしまったケース

例2)してしまったケース(加害者側の視点)

特に心の勉強を何かがきっかけで初めている方など、よく聞くのは「子供に影響を与えたくない」「私がトラウマでこんなに苦しいので絶対に子供には傷を作りたくない」のに、つい言ってしまった・・つい手を上げてしまった・・つい無視し続けて自分の感情をぶつけてしまった・・など・・また、故意に相手を傷つけた経験がある場合など・・(もちろん、理由がありますが)

こんな気持ちが強すぎれば、自分がしてしまった過去の出来事をずっと引きずって苦しむことになってしまいます。また、故意に傷つけた相手に自分が恨まれている気がして、時々夢に出てきたりします・・

修復とは?

実際に過去の出来事を無かったことにする・・と言うのは無理ですし、記憶も残っています。逆に「あったのに」無かったことにすることは、実は自分に抑圧をしていることにもなってしまいます・・

またそれをされた自分、した側の自分をとても「何かしらの悪い私(良くない私)」として決定されたまま、動いていないことにもなります。

修復とは、この見たくない、感じたくない、思い出したくもない、聞きたくもない存在の声を聞いて、傷の癒しを何らかの形でしたかどうか・・です。

ある意味、傷ついている=和らいでいない私からの想像はそのようなものが多いですよね。

実はこれも人それぞれですが、

シフトの例としてこんな感じ

見ないようにしていたものや自分自身を許せない汚いものとして思っていた目線が変化し、自分に対しての優しい眼差しに変わることが多いです。

気になるか、ならないかではなく「その出来事をどう捉えるか」という視点が優しくなればなるほど、自分への労りや共感、そしてずっと抱えていた感情を今の自分も一緒に感じていくと言ったようなつながりができたり、自分を褒めてあげたいなど

自分への否定が減っていくことで、確実にラクな世界にシフトしていきます。

癒しの途中での激しい抵抗

トラウマ的なものであったり、長年の刷り込みがずっとそのままだったり、繰り返されたものであればあるほど、ネガティブなエネルギーの蓄積が多いため、簡単にシフトするよりは、紆余曲折を繰り返しつつ・・丁寧に溶けていくことが多いようです。

もちろん、あるテーマはその1セッションでラクになっても、他の刷り込まれた言葉やイメージは身体に残っているため、色々な角度から同じようなテーマを繰り返し癒していきます。

素直な気持ちそのままで・・・

長年自分の深い部分で置き去りにされたままの私がいるとしたら、「あの時はごめんね」「私は自分の〜〜を認められなくて、あなたにあんなひどいことを言っちゃったの」「私がちゃんと育てていなかったことを感じたくないから、あなたのせいにしちゃったの・・」などなど

「あの時はごめんね」の中身を今の自分も、その当時の自分もしっかりと光を当てて、中身を見て理解することで、嘘のようですが、そこに固まっていた感情は溶けて動き出していきます。

自分なりに克服したくて、勘違いした、間違った刷り込みである「自分は馬鹿だ」を感じないために、非常に頑張って驚くほど優秀な学校に行ったり、仕事を得た人もいるでしょう・・

心の奥に残っているものとは?

「形や行動」は変化しても、心の中にある「私は本当は馬鹿なんだよね」は自分が気づかない深い潜在意識にあるため、ちょっとした誰かのふざけた笑いを「馬鹿にされた」とか「下に見られた」など

反応してしまうこともあったり、誰かを見下している人に自分はされていないのに激しい怒りを感じたり・・・こんな敏感な経験ありませんか?

自分の中の調和を本来に戻す

まだ、何にもレッテルが自分の中になかった頃・・・

出来る自分になる必要もなければ、見下されないように緊張も必要なく

ありのままの自然で十分大丈夫だった私がいました。

皆さんの中にも必ずそういったエネルギーがあって、人生の経験の中で覆い被されているだけ。

それは本当に酷い思い込みだっただけ。

それは本当のあなたじゃない(私ではない)。

出来るようになること、平気になることがいいんじゃないよ。

ただの全部が「思い」であって、事実じゃないんだよ。

こんな修復を色々な方法で良いので、自分に与えてあげられるといいですよね。

一緒に安心していきましょう。

※心理学、非二元、セラピーなどは全て「溝口あゆかさん」から学んでいます。

あゆかさんとのつながりは2006年ごろからで、講座、ロンドンコース、勉強会、非二元のお話会など、参加回数、アシスタント回数は一番多い方に入ると思います。

提唱されている「インテグレイテッド心理学」は提供の全てのベースになっています(非二元(悟り)と自我の仕組みがベース)

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