なかなかラクにならないメカニズム

【なかなかラクにならないメカニズム41】保存版:境界線「助け合い」と「依存」の違い

皆さまこんにちは♩

家族、人間関係などで生きることが辛く、依存症・パニック障害など地獄のようなドン底6年間から抜け出て、職業も変わり、年間1000名の方とセッションをするまで変化した心理セラピストの浦松ますみです。

今日は境界線について再び書いていこうと思いますが、

境界線は人間関係の中で必ずといっていいほど気を付けて意識していきたいところです。

ここが曖昧だったり、よくわからずに苦しい世界にはまり込み、長きに渡って悩んでいる方も多いですが、「どうしたらいいか?」ではなく、

「なぜこれが引き起こされているのか」という根っこの自分の世界をしっかり抑えてみませんか?

 

頭では理解している「境界線」

私も最初は境界線は心の仕組みを学ぶ上でとても大切だという情報や、知識で理解していたスタートでした。

そんな風に捉えつつ、溝口あゆかさんからガツっと学んだある年から、「境界線の本当の意味」と「人生での影響・現れ方」が繋がって衝撃を覚えたことを思い出しています。

まずは「知識」は大切。情報としての概念はきっと色々なところで書かれていますし、これを読んでいる皆さんも、興味があって勉強されていると思います。

私も過去に何本かブログで書いているので宜しかったら目を通していただけたら嬉しいです(HP内検索で境界線と入れてみてください♩)

ただ・・

不思議だったのが「知っていても」巻き込まれる、「分かっていても」また人生の中で現れてくる・・・気を付けていても、ここが何とも変だなと感じていた訳です。

まずは「今の自分」に正直に聞いてみませんか?

今の私、誰かに依存しなければ生きていけない・・?

依存とは、パートナーでもいいし、友人でもいいし、家族でもいいし・・誰かから「与えられる」ことがどこかで当たり前になっていて「自分がするんだ」という目線が持ちにくくなっているかどうか・・や、助けてくれてありがとうではなく、助けてくれる人がいないと生きていけないので、常に無意識に探している感じなど・・・

即ち、自分のベースそのものが「やってもらう」「従う」であると

自分には力がないし、被害者になりやすいということです。

気付きにくい例

一番ある意味難しく、厄介なのが「大多数の私たち」が多かれ少なかれ「与えられたもの」を上手にこなして、それが自分のパワーを奪っていることとは気付きにくいこと。

みんながそうだと疑問自体がないのは当たり前です。

先生に言われた通り、親が望んだ通りに自分が出来る、応えることができると安心する、愛される、受け入れてもらえる、上手に生きていける・・・などなど

自分で考えず、与えられて従う側の方が慣れていて、みんなと同じである安心感があったりしませんか?

人類共通の刷り込みでもあることなので、気付きにくく、繰り返しやすいのも当たり前です。

力のない私が「〜〜してあげる」は苦しくなる

 

①私にパワーがあり、すぐに結果が出なくとも、どうにか切り開ける、何かが広がるという感覚が私のベースである場合

自由でラクな私のイメージ

①だったら・・想像してみてください・・自分の上にも誰もいなくて、青空が広がり、私の下にも誰もいなくて全部が横に並んでいる感覚。

この時に横並びの人が困っていたら、本来のあなたは私と同じパワフルでユニークで力があるけれど、今、助けてあげたい・・そんな感覚。横並びのみんなは「仲間」であり、リソースであり、ツールの一つになる感じ。

私ももし困っていたら遠慮なく「手伝って」「どうしたらいいだろう」と気軽に聞けるし、助けがなくても相手を恨みにくいし、被害者意識になりにくい。

②世界にパワーがあって、私は世界に上手に従って、世界から与えられたもので生きていく私がベースであったら、当然自分はパワーレスで、被害者意識になりがち。

②の世界を想像してみましょう・・

私も自分自身の心の健康度が下がっていたら、すぐに②に馴染んでしまいます。基本、人類共通のどの人にも多かれ少なかれ「知っている感覚」でもあるため、自分はみんなより下。

見下されている、馬鹿にされている気がする、置いていかれている、邪魔になっている、居場所がない・・・自分はみんなより下にいる景色になっているため、みんなは仲間ではなく何かあれば、従わなきゃいけない人。

自分から知らずにパワーを明け渡しています。自分から搾取される犠牲者になりがち。ここで助けてもらえなければ、相手に怒りを感じたり、こんな自分が悪いんだと自分責めになったり・・

 

様々な形で人生に現れてくるでしょう。

どんな私が今の私?に常に着目しよう

今の私は①?②?

しかも、私たちは凸凹しているので、仕事では①の私がメインでも、恋愛になると途端に②の私が顔を出したり・・・

本当に複雑で沢山のバリエーションが重なって「私」を構成しています。

境界線とは?

境界線はその出来事を「どう見ている?」「どう感じている?」これです。

自分がどう決めている?自分に決定権がある?力がある?相手の力を奪っていない?下に見ていない?力のない人と見えていない?横並びの仲間に見えている?などなど・・・

ここに勿論、妥協や譲り合いが出てきて全部が自分の意思だけ、想いだけが通らなくても犠牲者意識があるかどうかは大切なポイント。

人生の舵取りを誰がしている?私?相手?社会?

ここが見えてこないと境界線は見えてきません。

今の人生、本当は誰にも強制されていないはずですが「◯◯のせい」と頭の中では誰かのせいになっている時、また「状況のせい」になっている時の自分だから苦しくなるのも当たり前です。

パワーのない犠牲者意識の自分が仕方なく選んでこうなった・・と思ったら、その自分が「境界線」を見ようと思っても犠牲者意識からの考察になってしまいます。

犠牲者意識の強い私こそ「癒し」を溺れるほど♡与えよう

どのぐらい自分がダメだと感じたの?どのぐらい自分はこの世界で生きていけないと怖さを感じたの?

自己嫌悪、自分責め、不安しかない感覚をずっと抱えてきた私がいたとしたら、その私こそ、本来の自分に戻り(人はみんな横並びの感覚)力を取り戻せるために、愛を、癒しを、休息を充分に与えてあげる必要があります。(行動レベルだけではなく)

例え出来事が不幸な結末でも・・・満足がいかない、悲劇的な結果だとしても・・自分がそれを選んで、決めた結果=主体が自分である感覚であれば「感じ方」も違うでしょう。

相手の力を奪っている時(依存関係)

力のない私が困っている人を見ると、それは自分を相手に映し出し、相手の中に自分を感じて「助けてあげなきゃ」になってしまいます。この時には何が起きているかといえば、相手は弱い人、私が助けてあげなければ潰れてしまう人・・と見えていて

相手を救いながら実は自分を救っていることが心の中では起こり、相手の力を奪っていることにも繋がってきます。(全部無意識レベル)

本当はできるけれど、今、できない事情があるときは横並びの仲間として手を差し伸べるのは、何とも温かく、繋がり感や、自発的強力でとても軽やか。

自分自身も・・・目の前の誰かも・・・横並びの仲間・・

人生も抱えている問題も、預金残高も、子供の成績も、健康問題も、夫がいるかいないか、どこに住んでいるか・・出身校も、学歴も・・みんなそれぞれユニークですが

そのみんなが横並びの存在に感じた世界を一緒に例え1日のうちで数分でもいいので感じられたら・・自由です。

境界線は奥深く、知識を持ったら次は「見え方」「在り方」を体験してください♩

※心理学、非二元、セラピーなどは全て「溝口あゆかさん」から学んでいます。

あゆかさんとのつながりは2006年ごろからで、講座、ロンドンコース、勉強会、非二元のお話会など、参加回数、アシスタント回数は一番多い方に入ると思います。

提唱されている「インテグレイテッド心理学」は提供の全てのベースになっています(非二元(悟り)と自我の仕組みがベース)

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